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福岡高等裁判所 昭和32年(ラ)116号 決定

抗告人 若竹金融有限会社

相手方 有限会社イハラ運動具店

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件保全処分の申立を却下する。

理由

本件抗告理由の要旨は、大分地方裁判所は債権者たる抗告人から債務者たる相手方の代表取締役猪原徳郎個人に対する同裁判所昭和三二年(ル)第一〇〇号電話加入権差押並換価命令申請事件につき、昭和三二年七月二〇日電話加入権差押並換価命令を発した。ところが同裁判所は、相手方の申立に基く同裁判所昭和三二年(コ)第一号和議開始申立事件につき、相手方の申立により、和議開始前の保全処分として、昭和三二年八月二八日「債権者若竹金融有限会社が償務者有限会社イハラ運動具店に対し、大分地方裁判所昭和三二年(ル)第一〇〇号大分地方法務局所属公証人江藤逸夫作成昭和三二年第一、九八二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基いて別紙目録記載の物件(大分局第一、三七五番電話加入権一箇但し電話機設置場所大分市名ケ小路一、一八九番地架設に係るもの。所有者猪原徳郎)に対して為す電話加入権差押並換価命令は、これを停止する」旨の決定をなし、前記命令の執行を停止した。

然しながら右和議開始前の保全処分の決定は、相手方たる有限会社イハラ運動具店の代表取締役としての猪原徳郎と個人としての猪原徳郎とを混同してなされたものである。すなわち本件電話加入権差押並換価命令の基本債権たる執行力ある公正証書正本及び該命令の債権者は抗告人であつて、債務者はいずれも相手方ではなく個人たる猪原徳郎であり、又差押にかかる電話加入権者も個人の猪原徳郎である。従つて原裁判所が、相手方の申立にかかる本件和議開始前の保全処分として、抗告人と個人たる猪原徳郎との間の同裁判所昭和三二年(ル)第一〇〇号電話加入権差押並換価命令の執行を停止したのは、失当であつて取り消さるべきものと思料する。

よつて原決定を取り消し更に相当の裁判を求めるため本件抗告に及んだというにある。

よつて按ずるに、和議法第二〇条の規定によれば、裁判所は和議開始の決定前といえども、利害関係人の申立により又は職権を以て債務者の財産に関し仮差押、仮処分その他の必要な保全処分を命じ、和議開始の決定前における和議申立人たる債務者の財産の隠匿、毀棄及び散逸を防止することができるものとしている。而して右保全処分の対象となるべき財産は、債務者に属するものに限られ債務者以外の者に属する財産は含まれないものと解するを相当とする。

ところで本件についてこれを見るに、相手方の申立に基く大分地方裁判所昭和三二年(コ)第一号和議申立事件につき、同裁判所のなした本件保全処分の対象たる電話加入権(大分局第一、三七五番)は、抗告人が債務者猪原徳郎(個人)に対する抗告人主張の債務名義に基き、先に同裁判所に申請して得た電話加入権差押並換価命令の目的物件であり、しかもその加入名義人は、猪原徳郎個人であつて相手方会社ではないことが記録上明らかである。もつとも原裁判所の照会に対する大分税務署長の回答書によれば、本件電話加入権は、相手方会社の昭和三〇年九月一日から翌三一年八月三一日までの事業年度の決算書に会社財産として計上されていて、同税務署においても、これを認めている旨の記載が存するけれども、右記載は、これを抗告人提出の疏第一号昭和三二年九月二日附大分電話局長作成名義の証明書と対照するときは、必ずしも該電話加入権が相手方会社の財産に属することを疏明する資料とはなし難く、なお仮に右電話加入権が実質上相手方の財産に属するとしても、電話加入原簿にその旨の登録をなさない限り、これが加入権を第三者に対抗し得ないものと解すべきである。

して見れば前記説示するところにより、和議申立人たる相手方(債務者)の財産に属しない本件差押並換価命令の目的物件に対し和議法第二〇条の規定による保全処分をなすことは、右規定の趣旨に照してこれを許されないものといわざるを得ず、従つて相手方の申立により和議開始の決定前における保全処分として、抗告人の申請にかかる本件電話加入権差押並換価命令の執行を停止した原決定は失当であつて、相手方の右保全処分の申立は不適法たるを免れない。而して抗告人は、これが決定につき利害関係を有することが明らかである。

よつて抗告人の本件抗告は理由があるので、原決定を取り消すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

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